+第一章+




“遠き日流れ儚くとも 薄れぬ魂の声 天まで届き 花の祈りは細く 細く” 青々と茂る大木が命を育む森の中に、不自然に拓かれた場所があった。 その人工的に拓かれた様な楕円形の土地の中央には、少し風化した石の祭壇がある。 あえて比喩するならば、聖域の様な場所だ。 地中奥深くまで根を張る木々はまるで、この場所を護っている様にも思えた。 “あの日の光景はまだ この地に刻まれ 夢を誘うのだろうか” シリルは祭壇の周りの石畳に、白いチョークで紋を書いた。 通常の魔法を使う場合、紋を使用する必要は無い。 しかし彼が明日行うのは空間転移の魔法。はるかに大きな力を及ぼす魔法だ。 紋が無いと成功する可能性は、無に等しい。 ただでさえ危険を伴う魔法なのだから。 複雑に描かれた紋の要所には、古代の言葉が記されている。 より効力を高めるために。 “あの日の願いはまだ この地に刻まれ 刹那を誘うのだろうか” 謡う様に、彼は紡ぐ。祭壇に捧げる聖なる言の葉を。 謡う様に、彼は清める。古の頃の力をこの場所に戻すため。 軽く閉じられた瞼の裏に、映る光景は無い。 けれど緑の命、その力強さをこの身を以ってひしひしと感じた。 悲鳴を上げていた聖域が、以前の力を取り戻すように。 温かい光が満ちてゆく、祭壇に。 “散りゆく花の弔いを聞き 舞う白羽の光を浴びて” 一瞬、時の流れが止まったような感覚。 全ての動きが緩慢になり、自分だけが取り残された様な不思議な感じ。 最後の一言を口にするまでの時間が、異様に長く感じる。 祭壇に供えた白い花は、この詩を紡ぐ数十分の間に全て散りさった。 それはこの場所が、力を取り戻しているからだろう。 女神エヴァの力の残滓を感じ取り、上げていた悲鳴を歓声に変えて。 “いざ戻らん 大地の声を聞いて いざ戻らん 燃ゆる炎よりも熱く高く” 凍てついた地よりも静かになった刹那。 明るい光が辺りを埋め尽くし、満ちた力が解き放たれる。 強い波動を受けて思わず顔を歪ませた。 先の静けさが戻った気配を感じると、ゆっくりと瞼を開く。 まだ慣れていない明るさに少し視野が霞んだが、変化を読み取るには十分だった。 聖域の様だった場所は、完全な聖域と成った。 成功した事に、シリルは安堵の息をつく。 ついに明日転移の魔法を行使するのだと思うと、鼓動が高鳴った。 失敗するかもしれない、何処へ飛ぶかも分からない。 だが募る不安よりも何故か・・・ 成功し何かを得られるんじゃないかという希望の方が、彼の心に満ちていた。 by 結城飛由
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