「俺さ、実は魔王なのだよ」
「……アタマ大丈夫?」
 にっこり笑う黒髪の青年に、僕は思ったままのことを言った。


〜やつは魔王〜


「お前、案外きっついこと言うね〜。仮にもオレは年上だよ?年長者は敬うもんだって教えられなかった?」
「あんたを年長者だなんて思ったら、赤ん坊だって僕にとっては長老になるね」
 僕の憎まれ口に、彼はビールをグイッと飲み干し空のジョッキを突きつける。僕は受け取ったジョッキをすばやく洗い場に放り込んだ。先手必勝。
「ディト。もうお酒はあげないよ」
「なぬーっ!ユキヒ〜、な、一杯だけ。あと一杯だけ!」
「だーめーだ」
「オレは客だぞ、客!」
 机をバンバン叩いて駄々っ子のように抗議するディト。
「僕はこの店の店主。ここじゃあ僕が法律なの」
「くそう……青年の主張を聞き流しおって……こうやって子供は非行にはしるんだ」
「わけわかんないこと言わない。あんたのほうが年上だって自分で言っただろ。それに、酒をせがむ前に、閉店時間過ぎても長話につきあってる短期友人にお礼の言葉のひとつもないのかい」
「へいへい、ありがとよ」
 まるっきり子供の態度でカウンターにだらしなく突っ伏すディトは旅人だ。大きな街と街の中間点でしかない、特に名物もない小さな町に彼が来たのは1週間前。彼は毎晩のように(というか毎晩)僕が経営する酒場にやってくると、朝までくだらない話をしながら酒を飲んで帰っていく。気さくで話しやすく、常連というよりは友人といった関係になるのに2日かからなかった。
 本当に旅をしているかと思うほどの軽装備と武器も持たないその姿は、すれ違う女性の大半がふり向く容姿もあってか、遊び人にさえ見える。
 しかし、顔面を横切る大きな傷が決してそうではないと物語っていた。
 が、今の彼にはそんなことはまったくもって関係なく、僕の目の前に居るのは旅人でも遊び人でもなく、酒をせがむ大きな子供だ。
 たちが悪いなあ……。
「酒がない酒場なんて、ただの酒場だー」
「ただの酒場でけっこう」
 唯一の欠点は、底なしの酒豪だということ。ディトが来てからの酒の売り上げは普段の3倍。儲かるのはいいことだけど、店で倒れられたらたまったものではない。だからある程度飲ませたら、さっきのように強制終了させる。
「で、魔王がなんだって?」
 酒のかわりに置いた水を、恨めしげな目で見ている。きっとまた始まる酒コールよりはいいと思い、僕はさっきの話をディトにふってみた。それは正解だったらしい。
 顔をガバっと上げたディトの目はキラキラと輝いていた。
「聞きたい?聞きたい?ユキヒがぜひ聞きたいって言うんなら教えてやらんでもないぞ」
「はいはい、聞きたいよ」
「……なんだか投げやりだな、おい。……まあいいや」
 ディトは椅子に座りなおすと、わずかに神妙な顔をしてみせる。
「この世界にはな、人間は知らないだろうが、他にも世界があるわけよ」
「いきなり胡散臭いね」
「いいから黙って聞いておけって。で、その世界の1つに、魔族達が住む世界があるんだ。『魔界』って言ってもいいかもしれないな。よく、神父の説教に出てくるだろ?」
 魔族と神の戦い。それは神話の中でも最も多い種類だし、暇つぶしに何度か行ってみた教会でもそんな話を聞いたことがある。
 僕がうなずくと、ディトは満足そうに再び口を開く。
「その魔界では、まあこの世界に人間がいるみたいに魔族が普通に住んでるんだが、やっぱ統治する人間っていうのがいるわけよ。それが、」
「まさか、ディトって言うんじゃないだろうね?」
「ご名答。そのまさか、さ。俗に言う、魔王ってやつね」
「はぁ……」
 あいまいな返事。
「なんだよ、感動が薄いな〜」
「だって、話が突拍子すぎるよ。いきなり別な世界とか魔王とかって言われたって、信じろって言うほうが無理」
「むー……」
 僕の感想に、ディトは考え込むように腕を組んでうなっている。
「だいたい、その魔界を統治する魔王様が、なんでこんな片田舎の町で毎日酒飲んでるのさ」
「そうそう、それなんだ、重要なのは!」
 何が?
 そう聞く前にディトは自分の顔を指差した。そこには額から鼻をとおり、頬にまでつきぬける斜めの傷跡がある。
「これよ、これ。これが証拠」
「……何が?」
 今度こそ口に出して聞いた僕の質問に、ディトは傷の端を触りながら笑った。
「俺さ、魔界から逃げ出してきたんだわ」
「逃げてきた?なんで?」
「魔王の仕事っていったら、なんだと思う?」
 魔王の仕事……神話では魔族や魔物たちは世界を征服しようとしていた。それを阻止するために神様と人間が立ちあがった。……ウソか本当かはともかく。ということは、
「世界征服、とか?」
 我ながら安直かつ馬鹿な答えだと思う。しかしディトは笑うことなく、ぴっと指を曲げて円を作った。
「正解。さすがユキヒ」
「はぁ、ありがとう。……えぇ?」
「納得できねえって顔だな」
「そりゃあ、まあ」
 納得できるほうがおかしいと思う。
 肩をすくめるディト。
「魔界の奴ら、みんな血の気が多くてな〜。みんなどいつもこいつも世界を征服しろってうるっさいわけよ。連日連夜、顔合わせる奴みんながだぜ?こっちはそんな気全然これっぽっちもないのにだ。やってらんねーっての。だからだ」
 そこで、にーっと頬を上げる。
「魔界の城にでっかい風穴開けて、まわりがぎゃーぎゃー言ってる間に逃げ出して来ちまった!傑作だろ!」
 興奮して体をゆらして笑い始めたディト。僕の頭の中に、さーっと映像が浮かび上がる。
 世界征服が嫌だといって聞かない魔王(ディト)。しかも、ディトのことだ。あの、酒をもらえなかった態度のようにほとんど駄々っ子状態だったに違いない。
『世界征服だ?んなもんやりたけりゃ、自分たちでやれ、俺は知らんったら知らんったら知らん!!』
 それでもしつこく何とか引き止める魔族達に、
『やっかましいわ!毎日毎日口を開きゃ世界征服言いやがって!おんどりゃー!!』
 城に(実際(?)はどうだったかは知らないけれど)光の玉を発射して逃げ出すディト。
「……っぶ!」
 やばい、はまりすぎて笑える!
「な、な!」
「それは……ディト、らしいよ……っ!」
 彼が本当に魔王かどうかはさておき、さぞかしはた迷惑な逃亡劇だ。必死に笑いを抑えるが、こみ上げる笑いはどうしようもない。お、お腹痛い!!
 ひとしきり二人で爆笑しあった後、僕はあることに気がついた。
「ん?そういえば、その顔の傷は?」
「あ、これな」
 ディトが忌々しげに口をへの字に曲げる。
「さすがに、だまって行かせてくれるような心優しい奴らばかりじゃなかったからな〜。追ってきた奴らをなんとかまいてたんだが、一発ここに大きいの食らっちまった」
 傷をなぞる指をこぶしの形に固める。
「あの野郎……次に会ったら地獄以上の苦しみを味あわせてやる……楽に死ねると思うなよ……」
 物騒だよ、ディト……。
「まあ、簡単に諦める奴なんていないし、そのうち追っ手でもかかるんじゃねえの?めんどくさいことになったよな〜」
「それで、魔王様は追っ手から逃げるためにこの世界を転々としてるわけ?」
「そういうこと。観光もふくめてな」
「なーるほど」
 あっさりうなずく僕に、ディトはすっかり興奮から冷めたため息をついた。
「やっぱ、信じてくれないか」
「当たり前。面白いけれど、信じられるわけないだろ、魔界とか魔王とか」
「……この話を大々的に売り出そうと思ったんだが」
 思うなよ。
「やめときなよ。こういうのは酔っ払いの話の種に取っておくべきだよ」
「やっぱりな〜。ま、いいだけ笑ったからいいや」
 キシシ、と笑ってから不意にディトは表情を変えた。
「あ、そうそう、ユキヒ。俺、明日この街出て行くわ」
「明日?ずいぶん急だね」
「まあな。まあ……大人の事情ってやつよ」
 ふ〜ん、と適当に相づちをうつ。ディトはなんでもないような顔をしていたが、ちらちらとこちらの顔色をうかがっている。
 ディトが旅人であるかぎり、そして僕がこの店にいるかぎり、別れはいつか来る。
 悲しくないというとウソになる。こんな酒豪でも、たとえ一時の縁でも、ディトは友人だと思っていた。ただ、これで終わりという気はしなかった。なんとなく、だけれど、その気持ちのほうが、悲しみよりも大きかった。
「で、これからどこに行くんだい?」
「ハルクヴァーサさ。そこから船に乗って、まあ、その先はまだ考えてないけど」
 そこでにやりとディトの口がつりあがる。
「ということで、ユキヒ。景気づけにもういっぱ――」
「ダメ」
 即答。
 再びカウンターに突っ伏すディトの脇に、僕は用意していた1本のボトルを置いた。多少乱暴に持ち歩いても割れないように加工がしてあるボトルには、並々と液体が注がれている。わずかに香るアルコールの匂い。
「?」
 頭を上げずに、目線だけそれに向け不思議そうな顔をするディト。
「旅先のぶん。友人への餞別だよ」
 棚にグラスをしまいながら早口で告げる。ディトに背を向けたのは、なんとなく……照れくさいからだ。
 背後で、心底嬉しそうな笑いを聞いた。
「サーンキュ、ユキヒ、お前はいい奴だな!」
「はいはい」
 ぶっきらぼうに答えつつも、僕の顔にも笑みが浮かんだ。別れは、笑って迎えるものだ。
 そこでディトが「あ」と思いついたような声をあげる。
「……世界征服して、この店で一生飲んで暮らすっていうのもありかもな」
「まだ言うか、この魔王は」
 振り返った先で、「じょーだん、冗談」と笑うディトに、僕はやれやれと肩をすくめた。



「あ、あの!」
「ん?」
 ディトが去ってからというもの、僕の酒場にはいつもの平穏が戻っていた。それに安心しつつも、少し寂しくもあり。そんな数日が流れたある日。
 カウンターで夜の営業の準備をしていた時、唐突にかかった声に僕は辺りを見回した。が、まだ店はあけてはいないので人なんているわけない。おかしいな……。
「あの!」
「うっわあ!?」
 窓からこちらを覗き込んでいた少年に、僕は危うく腰を抜かすかと思った。
「す、すいません、おどろかせてしまって!でも、その、いそいでいたものですから」
「は、はあ」
「その、聞きたいことがあって……あの、人を見ませんでしたか?背の高い黒髪の男で、ディトっていう名前なんですけれど、あ、顔に大きな傷があって!あの人、お酒が好きだから、今かたっぱしから酒場を回って歩いているんですけれど、見つからなくて……」
『ユキヒ〜、もう一杯!!』
 少年の言葉に、数日前に去っていった青年の顔が思い浮かぶ。もちろん酒を抱えて。
「たぶん、知ってる、と思う」
「本当ですか!?」
 がばっと身を乗り出す少年をなだめながら、僕はこの少年に彼のことを教えようかどうか迷った。
「えーと、君とその……ディトは」
「上司です。遺憾ながら」
 ずいぶんと難しい言葉を使う子だな〜とか、一体何の上司?と思いはしたものの、この子が嘘をついているようには見えない。ディトを探す目的はわからないが、教えてもかまわないだろう。そう判断し、僕は少年にディトが数日前に出て行ったこと、次は南のハルクヴァーサの港町に行くと言っていたことを告げた。
「そうですか……」
 少年は落ち込んだように少しうつむき、
「あんのクソ魔王……我らを欺いたつもりか?……逃げようなどと、そうはいくものか……必ず連れ戻して、我らが目的を……」
「へ」
 およそ少年らしからぬセリフとぎらつく黒い瞳に間抜けな声を出す。そんな僕を気にした様子もなく少年は年相応の笑顔を浮かべた。
「ありがと、お兄さん。じゃ〜ね〜」
 歌うように礼を言い、

 ――彼は大きく空へと飛んだ。

「!?!?」
 今度こそ僕は腰を抜かした。どんどん遠ざかる少年の背に、黒い禍々しい翼が生えているのを、僕は確かにこの目で見た。

『魔界の奴ら、みんな血の気が多くてな〜。みんなどいつもこいつも世界を征服しろってうるっさいわけよ』
『まあ、簡単に諦める奴なんていないし、そのうち追っ手でもかかるんじゃねえの?めんどくさいことになったよな〜』

「…………本当だったんだ」
 黒い影が消えた南の空を、僕はいつまでも眺めていた。


 後日。
 ハルクヴァーサの町で巨大な爆発があったとか悪魔が現れたとか言う話を町から来た旅人から聞いたが。
 ――その中心に黒髪で顔に大きな傷のある男はいませんでしたか?
 とは口が裂けても聞けなかった。

_____________________ 夢見月ハル様から12345Hitのキリバンで頂きました。 お題『傷または傷痕でファンタジー』で物語を書いて頂きましたvv 忙しいなか、物語なんて時間のかかるもの …ホントに有難うございました><! 凄い楽しく読ませて頂きました〜☆★☆ 私的にディトとユキヒのコンビが好きですvvv それでわ、夢見月さん本当に有難うございました〜v
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