+第一章+




小枝で造られた十字架は、いつか、またその人が、森に還ってこれるようにと願いを込めて …そうして創られたのだと、そうして立てられたのだと誰かが教えてくれた。 でも、ココに立てられた十字架は、あの日から一向に減ろうとはしない。 朽ちて土に還る十字架は、まだ少ないから…。 その理由は判らない。 でも忘れ去られたこの十字架の山は、今もただココに佇んでいる。 何かを主張するように…。 自分が立てた木造りの十字架を見つけるのは、とても容易かった。 何故なら、印(しるし)を刻んでおいたからだ。 正確には、この印を刻んだのは俺ではない。 その印を付けた張本人は、今はまだこの十字架の下に眠っているだろう。 太めの枝に刻まれた、削ったようなバツ印。 こんな形で役に立つなんて、思ってもみなかったけど、でもこれだけは消えなかった。 …最後まで。 俺はその十字架の前に、束ねた勿忘草(わすれなぐさ)を供えた。 それが幾ら不格好であっても、気にはしない。 十字架の下で眠っている奴が生きていて、この花束を見たら、 色々どやされたに違いないなと思う。 安易に想像出来た、その在ったであろう光景を思い、苦笑した。 ふと、尖がった耳に、無意識のうちに手が触れていた事に気付く。 でも手を降ろす事はしないで、代わりに十字架に向かうようにして笑ん だ。 ココだけでは絶対に笑っていようと思ったいたから。 …でも、やっぱり上手くは笑えなかった。 下がり気味な眉毛に、笑みが哀しく染まる。 「この癖…直りそうもないな」 未だ尖った耳に当てらている手を感じ、言う。 自嘲するかのように言うそれを、十字架だけが静かに風に揺られ、聞いていた。 準備は昨日の夜に、とっくに済んでいた。 済ませたかった用事も、さっきやっと終わったところ。 …目的地は、実はまだ決めてない。 それもそのうち何とかなるだろうと、 安直な答えを出したのは昨日の夜、寝る前だった。 そそくさと準備を整え、必要最低限の物を全て持ち、家の扉を開ける。 扉の横の、これまた木で造られた家の表札には『レイ・クワイア』の文 字。 持っていたノミで、木彫りのそれをいとも簡単に削り取った。 ―もうココに『レイ・クワイア』は居ない 空っぽの小屋に、文字の刻まれていない表札 …もう、ここには誰も住んでいないのだ。 自分に再び言い聞かせる。 森の、まだ夜の明けきれない早朝。 その静けさと、ぼんやりとした明るさを感じながら、 誰も居ない小屋に背を向けた。 か細い葉先に、今にも落ちてしまいそうな、儚い雫がぶら下がってい る。 青々とした若葉を通した陽光が、その雫を優しく照らしだした。 雫の水が光を反射して、厳かながらも綺麗に瞬く。 …いつもの、それが森の朝の営み、光景だった。 全てのものが優しい緑に包まれ、強くも弱すぎもしない光が、 温かく、ゆっくりと時間を育てる。 …そんな変わりばえのない、でも確かに進む時を感じる毎日。 つまらないとは思わない。 むしろ、感謝しているぐらいだった。 何かが育ち、何かが死んでいく …その時の流れを感じられるココは、とても住み心地が良い。 そう感じるのは、俺達種族が他の生物よりも 長い時を持ってしまったせいだと思う。 眼前から差し込む、出口を表す光。 その強すぎる光に一瞬、目をしかめる。 森の最先端…つまり今まで過ごしていた集落の出口。 そこに立って、初めて来た道を…森を、集落を振り返った。 今まで緑の光に染まっていた独特の白髪が、 外の容赦のない強い光に照らし出され、白く光る。 背中からの風に、サラサラと白髪がそよいだ。 前髪に閉ざされた瞳は、伏せ目がちに虚空を泳ぎ 「サヨナラ」 やっぱり上手くは言えない自分に、嘲笑を浮かべた。 by 蒼鮪涙
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送